いつものろしファームをご愛顧いただきありがとうございます。
のろしファームの直売所では、1月の週末営業は「全国ご当地鍋企画」と題して週替わりで鍋をメインメニューにしていました。石狩鍋、きりたんぽ、牡丹鍋、酒粕汁、雪の中沢山のお客様にご来店いただきありがとうございます。
鍋といえば家庭でも冬の定番メニューですが、我が家でも1週間のうち半分以上鍋なんていうのはザラにあります。というのもお互い仕事で疲れて帰る日も多くて鍋というものは冷蔵庫にあるものを適当に入れるだけで20分程で出来上がる時短メニューです。たっぷりの野菜と魚や肉が入る鍋は栄養価も抜群です。あたたかい鍋とご飯、5勺の日本酒があれば一日を締めくくる夕飯としては満足です。
直売所でも家でも鍋三昧の日々ですが、そんな中、料理研究家・土井善晴先生の「一汁一菜」の提言をまた思いだしました。

「美味しくなくていい」という本当の贅沢
土井先生が提唱されている「一汁一菜・家庭料理は美味しくなくていい」という考え方は、家庭料理の本質を鋭くついたもので、先生の料理哲学はいつも目からうろこで、私自身の食生活にも大きな影響を受けました。
「一汁一菜」というミニマリズム
「今日はなにを作ろう」「栄養のバランスが・・」「レパートリーが少ない」など現代の食卓は、いつの間にか「作らなくてはいけない」というプレッシャーで溢れています。「美味しくなくていい」の本質は「不味くてもいい」という意味ではありません。一生懸命作った結果、普通の味でも、それで100点満点」という肯定です。土井先生は「料理は上手い下手やない。作ることに意味がある」といいます。その「料理を作る」のハードルを極限まで下げたのが、一汁一菜(具だくさんの味噌汁、ほかほかご飯、ちょっとした漬物)なのです。
祖母がいたころのテーブル
我が家の朝と昼のテーブルには大体「茹でた菜っ葉、漬物、干物」が固定であり、これに味噌汁とご飯というシンプルなものでした。変わるのは味噌汁の具材と、菜っ葉の種類です。大根葉、菜の花、ほうれん草、白菜、とう立ち菜・・・。菜っ葉種類と味噌汁の具材で季節を味わうような、それ以外はほぼ固定で、特別なことはせず毎日淡々と作っていました。台所に向かう祖母から料理をすることへのストレスや嫌味は一切感じられず、慌ただしさもなかったです
一汁一菜とご飯
家庭料理は「美味しいよりも、ただ作ればいい」こう心に留めておくだけで勝手に思い込んでいた毎日の食事のハードルを下げ、「義務」から「心地よい習慣」に変わるのだと思います。そしてどんなにミニマムになっても「ご飯」は主食として欠かせません。炊きあがる湯気の甘い香りをおかずに卵をひとつ落とす。これも立派な料理です。こうして私たちの育てたお米が皆様の食卓を支えるお守りになればこれぼど嬉しいことはありません。